歴史を通じて見た千年来の敵、日本の罪悪
莫大な物質的被害を与えた産業施設破壊犯罪
【平壌7月19日発朝鮮中央通信】20世紀に、朝鮮を不法非法に占領した日帝は、敗走しながらわが人民の新しい祖国建設を妨げるためにあらゆる卑劣な犯罪行為を働いた。
その中には、わが国の産業施設を悪質に破壊した罪もある。
日帝は、興南肥料工場(当時)の10余台に及ぶコンプレッサーをはじめ、数十台の重要設備、変流器などを外形も見分けられなく破壊した。
19の水力発電所を破壊し、多くの発電所の電力施設、変電設備を爆破した。
高原炭鉱など164の炭鉱、そして殷栗鉱山をはじめ178の鉱山を浸水させたり破壊した日帝は、鉄道工場とトンネル、線路、機関車、貨車のような鉄道運輸部門の施設も無残に壊した。
咸鏡北道鏡城郡生気嶺にあるトンネルに爆薬を載せた汽車を押し込めて爆破させ、羅津鉄道工場(当時)の機械設備を全て海に沈めたのがその代表的実例である。
日帝は、逃亡しながら使用価値のある車両を全て持ち去った。
その結果、解放(1945年8月15日)直後、わが国の鉄道部門には運輸手段と施設がまともなものは一つもなかったし、鉄道の運営は麻痺した。
旅客および貨物総輸送量の90%以上を受け持っていた鉄道運輸のこのような状況は、新社会建設のためのわが人民の闘いと全般的な人民経済の発展に莫大な支障をきたした。
鉄道輸送が麻痺して破壊された工場、企業を復旧できなくなり、生産地の原料と燃料、資材を適時に消費地に運搬できなくなったので工場の操業が不可能になった。
日帝は、水上運輸施設も余地もなく破壊した。
敗北当時、多くの港で総排水量9万9000トンに及ぶ70隻の動力船をはじめ数多くの船を海に水葬させたし、清津港、羅津港などの施設と河川運輸で利用していた小さな渡し施設まで破壊した。
日帝が朝鮮の産業施設を残酷に破壊したのは解放後、わが人民がそれを政治的独立の経済的な基礎に、新しい生活創造と福利向上の物質的手段に利用できないようにするための悪辣(あくらつ)な犯罪行為である。---