人民的領袖の以民為天の世界を伝える手帳
【平壌7月7日発朝鮮中央通信】偉大な領袖金日成主席が逝去(1994年7月8日)した時から32周年になった。
わが人民の心には、金日成主席への切々たる懐かしさと限りない敬慕の念が溢れている。
一生、以民為天を座右の銘とし、現実に具現した金日成主席の崇高な生涯を伝える数々の物語の中には手帳についてのものもある。
いつか咸鏡北道を現地指導していた金日成主席は深夜、走る列車の中で寝床に入ることになった。
ところがトンネルを走るたびに煙い臭いが列車の中いっぱいに漂った。
寝床から起きた金日成主席は暗闇になった窓の向こうを眺めながらいつもこのように旅しなければならない人民のことを思った。
そして、通り過ぎたトンネルがいくつなのか数えながら手帳にその数字を書き込んだ。
夜明けまで手帳に20を越える数字を書いた金日成主席は、いくら国の経済状況が厳しくても鉄道を電気化しなければならないという決心を下した。
わが国の歴史に1960年代の奇跡の一つとして記録された電気機関車「赤旗」号はこのように世に生まれた。
金日成主席の手帳には、ある鉄生産拠点の生産実態や小さな地方産業工場の機械の配置様子、平凡な農民の大豆栽培経験や農村女性の願いごとも書かれていた。
1973年秋のある日、大同郡のある農場作業班を訪れた金日成主席は農場員たちと談話しながら彼らにどんな商品が必要かと尋ね、思いつくことがあれば何でもいいから話してごらんと語った。
作業服の生地やプリーツスカート、腕時計、靴、大きな釜をはじめ、彼らが申し出る些細なものまで手帳に全部書き込んだ金日成主席は翌日、その商品リストを党中央委員会政治委員会に提出してかかさず全国の農民に供給するよう恩情深い措置を取ってくれた。
実に、一生、人民のための道を歩み続けたわれわれの金日成主席のような人民的領袖はこの世のどこにもないと誰もが感激にかられて振り返っている。---