被災地で行われた党中央委員会政治局非常拡大会議

2024年の7月末、平安北道と慈江道の一部の地域が水害を被った。

敬愛する金正恩総書記は、平安北道の災害現場と災害予測地域の住民救助および退避を現地で直接指揮した。

人民の貴重な生命は守ったが、物質的被害はもちろん、今後行うべき復旧事業は実に膨大であった。

金正恩総書記は、遅滞なく次の段階の必須の事業を構想した。

突発的な危機の初の峠を越えたので平壌に行って会議を行うこともできたが、金正恩総書記はたった一瞬、たった一歩も遅滞することができなかった。

被災地の残酷な情状が目の前にそのまま浮かび上がったし、この蒸し暑い天気に臨時居所で人民が時々刻々なめる不便が耐えがたい痛みとして感じられるので現地で党中央委員会政治局会議を招集した。

こうして、海のようにうねる大水と土手一つを挟んで冠水した田の上に止まった野戦列車の中で、朝鮮労働党中央委員会第8期第22回政治局非常拡大会議が開かれるようになった。

金正恩総書記は会議で、われわれは危機に一度や二度だけ見舞われたのではない、そのたびにわれわれは危機の前で常に勇敢で攻勢的であったし、いつも奇跡だけを生み出した、今一度危機を乗り越え、力強く立ち上がって奇跡的な成果を収めようと強調した。

会議では、朝鮮労働党中央委員会政治局の決定書「平安北道と慈江道の水害を早急に復旧することについて」が採択された。

朝鮮労働党の歴史に特筆すべきこの日の政治局非常拡大会議は、朝鮮労働党の革命的性格と存在方式はどんなものであり、その未曽有の指導力がどこで尽きることなく激しく噴出するのかを見せるもう一つの感動深いシーンであった。---

www.kcna.kp (2026.03.30.)