有名になったミネラルウォーター

金日成主席は、祖国解放戦争(朝鮮戦争)の時期であるチュチェ39(1950)年10月のある日、平安北道昌城郡東倉面(当時) 大洞里の谷間を通り過ぎる途中、泉の場を見かけることになった。

車を止めて主席は活動家たちに、泉の水を飲んで行こうと述べた。

活動家たちは、のどが渇いていたため喜び、真っ先に泉の水を汲んで主席に上げた。

主席は、泉の水を飲んだ後、水が冷たくてほんとうにおいしい、この泉の水は炭酸成分と鉄成分が多い鉱泉水だ、このような鉱泉水は低酸性胃病患者に特効があると喜びに溢れた語調で述べた。

サイダーのようにさわやかな鉱泉水の味がほんとうにおいしいという活動家たちを見て主席は、今後戦争が終わればここに療養所や休養所を建てて勤労者がここにきて病気の治療もし、休息のひと時を楽しむようにしようと述べた。

活動家たちは、苛烈を極めた戦争の最中であった時に、勝利した祖国の明日を見通して勤労者のための療養所や休養所の建設に対する教えを与える主席を仰いで、金日成主席はまことに鋼鉄の総帥、偉人の中の偉人であることを一層痛感した。

その後、世にあまり知られていなかった大洞里の鉱泉水はうわさが立ち、多くの人々が訪れるようになった。

主席の人民に対する熱烈な愛によって、祖国解放戦争が終わった後、ここに療養所と休養所が建てられて人民の健康増進に寄与するようになった。---

www.kcna.kp (チュチェ113.4.30.)