「人権裁判官」の焦点はどこに合わせているのか 朝鮮中央通信社論評

【平壌2月22日発朝鮮中央通信】最近、米国務省の「人権特使」が日本とかいらい韓国を訪問した。

その行跡を見なくても、もう一度「対朝鮮人権騒動」を演出して国際的な耳目を集中させてみようとする謀議がこらされたということは、火を見るより明らかである。

これは、われわれとの政治的・軍事的対決で劣勢に追い込まれて不治の「精神病」を患う敵対勢力の周期的な発作症状のようなもので、別にこと新しいものではなく、予想した通りである。

真の人権保障とは縁もゆかりもない愚かな「人権」謀略策動は、われわれに通じない。

しかし、この機会に必ず指摘すべきものがある。

現在、国際社会に提起される人権分野の焦眉の問題、最大急務は集団虐殺危機に瀕したガザ地区住民の生命権保護である。

昨年10月、パレスチナのイスラム組織ハマスとイスラエルとの武力衝突が発生して以来、数万人の罪のないパレスチナ人が殺害され、今はガザ地区の南部都市ラファ市に密集した百数十万人の難民が時々刻々生命を脅かされている。

特に、数多くのパレスチナの子供が生命を失い、孤児に、障害者になり、教育を受ける権利、治療を受ける権利はおろか、初歩的な生存権さえ抹殺されている残酷な現実は、国際社会の広範な懸念をかき立てている。

はては、親米・親イスラエル的な西側諸国の政客らまでも、ガザ地区の人命被害状況と人道主義形勢がすでに「容認できない」状況に至ったと是認しながら、イスラエルが人権保障に関する国際法と関連条約を順守したのかを早急に調査することを要求している。

ところが、折に触れ、他国の「人権問題」について気炎を吐き、立派な「人権裁判官」のように振る舞っていた米国だけは、おしのように黙っている。

一部の国々に対しては捏造(ねつぞう)された謀略資料であっても人権決議を採択するだの、制裁を加えるだの、国際司法裁判所に回付するだのとして大騒ぎしていた「人権擁護国」が、イスラエルの天人共に激怒する人権蹂躙(じゅうりん)犯罪に対してはどうして沈黙を守るのか、世界は再び米国のずうずうしい振る舞いを注視している。

果たして、米国の焦点はどこに合わせているのか。

事実より、明白な答えはない。

ガザ地区の劣悪な人権実状に対してはおしの真似をしながら、かえって「人権特使」の突然な訪問劇を演出して国際社会の視線をそらそうと企む米国の行為は、「人権裁判官」の関心と焦点が決して、真の人権擁護にあるのではないということをはっきり示している。

米国の目的は、ただ「人権問題」を口実にして自国の強権と専横に反旗を翻す反帝・自主的な国々のイメージをダウンさせ、政府と人民を離間させ、しまいにはその国の社会体制自体を転覆させるところにある。

親米か、反米かによって基準と対処が変わる選択的で二重的なアメリカ式「人権」は、覇権政策実現の手段、侵略と内政干渉の道具にすぎない。

国家主権が蹂躙されれば人権自体が保護されないこんにちの現実は、人権はすなわち国権であるというわれわれの主張が最も正当であることを如実に証明している。

もし、われわれが国家の主権を守れなかったならば、自衛力を打ち固めなかったならば、パレスチナ人のような不幸を免れなかったであろう。

国家の自主権と力によって保証されない人権は単なる砂上の楼閣にすぎず、国権が弱く、自主権を固守できなければ、個人の尊厳と発展権はおろか、初歩的な生存権さえ保証できないというのが、現在の世界が与える骨身にしみる教訓である。

われわれは、これまでもそうであったが今後も、米国と有象無象の「人権」謀略騒動を朝鮮の主権に対する乱暴な侵害、われわれの生存と発展に対する最も重大な挑戦と烙印(らくいん)を押して断固と粉砕し、神聖な国権と真の人権を守り抜くであろう。

終わりに、「対朝鮮人権」謀略騒動に体面もなく奔走する「人権特使」に勧告するが、あなたがホワイトハウスの政治侍女ではなく、本当に「人権闘士」であるなら中東に行ってみろ、そこであなたは「実績」をあげるようになるであろう。---

www.kcna.kp (チュチェ113.2.22.)